スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

「お前は、多摩の誇りだ」

最近巷でそれなりに知名度を得つつある「YouTube」で、ひょんなことから「友の死」の一場面を再び見ることができました。

2004年の大河ドラマの「新選組!」の33回目の回です。ここでいう「友」とは、仙台藩脱藩で新選組総長の山南敬助のことですね。「新選組!」をそれなりに観てた人にとっては、今でも「堺雅人=山南さん」のような気がします。

今観ても、やっぱり良いですね。堺雅人の山南さん。この回がわざわざリクエストされて年末に放送されたのもわかります(ちなみにわたしゃこの回の年末の再放送を録画予約してたんですけど、ケアレスミスで失敗しちゃいました・・・)。

そもそも、新選組を扱ったドラマで、ここまで山南をフィーチャーしたものって無かったんじゃないですかね。
事実がどうだったかは別として、大河ドラマ「新選組!」の山南は、非常に魅力的であったことは確かです。

それにしても、関西弁の「あほ」という言葉は、やっぱり良い言葉(っていうのも変ですが・・・)です。愛情を込められる言葉って、すごく暖かくて、優しいものです。

ちなみに、今日のブログのタイトルは「友の死」の回ではなくって、最終回の台詞だったりします。「新選組!」の2回目のタイトルとリンクしているわけですが、蓋し、名台詞だと思います。


《今日の困ったちゃん》
年配の方で、OA機器に不得手な方は多いと思いますが、はじめから「少しでも使えるようになろう」という気持ちがゼロの方って、どうなんだろうと思いますね。
若い人だって、それなりに覚える努力をしてないわけじゃないですし。

「わからないから教えてくれ」っていうのは、全くかまわないんです。が、変な機能を使うより手打ちしたほうが手っ取り早いようなことについて「手打ちでやったほうが良いですよ」と言っても、「めんどくさいな」「ダメだな」「いちいち大変だ」とか何とか言って、何の労力も割こうとせず聞く耳持たないのは、ホント腹が立ちます。
そういう人に限って、「この文字の位置が、あと一文字分くらい右じゃないとダメだ」とかどうでも良いレベルの細かいところを要求したりするんですよね。で、最初から設定やり直しー、といった具合になるわけです(で、それを全部私がやるわけですが)。トホホ・・・。
スポンサーサイト

道標

自分の「書いた物」が掲載されたとある雑誌が、今日届きました。

まるっきり自分のやっていることが、活字化されたのは初めてです。そうでないもので活字化されたものはありますけど。

ちょっとうれしいものです。たとえ、全国的にみればメジャーでないものであったとしても。

自己満足かもしれないですけど、できるだけ書いた原稿のフィールドに近い方々に読んでいただきたいですしね。ローカルなものの方が、そういう場合良いのかなーと思います。




ひとつの区切りですね。これからドンドン書かないと…。
…その前に、勉強しなきゃダメですね。

「書くためには、もっと勉強しなきゃ…」って、「耳をすませば」の雫みたいなことを思ってみたりして…(笑)

ツィンクルブライド

日曜日、つまり昨日ですが、先輩の結婚式に出席するために東京へ。

せっかくなので、会場の最寄り駅ではなく、少し手前の駅で降りて街歩き。
やっぱり東京って坂多いですよね。出身地がかなり平坦なところだったので、坂が多いと、ちょっと面食らいます。

さてさて、結婚式、というか、正確には披露宴ですが、ホントにすばらしいものでした。
新郎が日本人、新婦が台湾人という「国際結婚」ということで、海外から新婦のご両親がいらしていたりもしたんですが、やっぱり我が子が結婚するというのは、どういう国の人にとっても、とんでもなく大きな出来事なのだろうなーと、ちょっと感慨深かったりして・・・。当然ちゃ当然なんでしょうが。

あと、新婦さんの親戚の方のスピーチを聞いてて、少しこみ上げてくるものもありました。
ぶっちゃけ内容は普通だったんです。
新婦さんの親戚の方なので、台湾の方で、もともと多少日本語をしゃべることができる方なのだとは思いますが、流暢ではないながらも最後まで日本語でスピーチされた姿は、本当にすばらしかった。
色々練習したんだろうなーとか考えると、やはり訴えかけてくるものがありました。
心に残るスピーチというのは、案外そういうものなのかもしれません。

それにしても、新婦さんは慣れない土地で、これからずっと暮らしていくわけで、本当に大変だと思います。レベルはまるで違いますが、私も慣れない土地で暮らすことの大変さを、それなりに知ってるつもりです。国が違えば、その大変さは何倍もあることでしょう。
ただ、そういう苦労とか、覚悟とかをしっかり受け止めてくれる新郎さんだと思います。

「自分のことを理解してくれる人がいる」と、そう思えるだけで、すごく楽になれるし、そういうパートナーを得て、今回結婚されたお二人には、ホントにいつまでも幸せに暮らしていってほしいものです。



《今日のビジネスホテル》
「バス・トイレ」付ということを確認して予約したホテルだったんですが、ドライヤーが無いじゃあーりませんか・・・。
というわけで、髪洗えないじゃん・・・(泣)
ドライヤーくらい、部屋の備品で置いててくださいよ、ったく。

人生の選択

人生には、さまざまな岐路があります。
選択肢があって、そのどちらを選ぶかによって、人生が変わるという局面です。

小説やドラマ・ゲームの世界なんかでは、どちらを選ぶかによって、より成功する方向へ向かうか、失敗に向かうかが決定付けられたりすることはよくある話です。
つまり、どちらかの道を選択した時点で、結論がすでに決まってしまうという「場合分け」みたいなシチュエーションと捉えて、「あの時あの選択をしたから成功した」とか、その逆とかが、偉人伝などにも往々にしてネタにされるところだと思います。


しかし、私は、こういう考えを持っていました。

「どういう選択肢を選ぼうと、その先で努力すれば、どちらを選ぼうが、選んだ先がきっと最良の選択になるのだ」と。






・・・昨日までは。。。


今日色々考えて、確信しました。初めて「自分の選択は、間違いだった」と。
「自分が人生の岐路でおこなった選択は、正しくなかった」と。





「歴史を勉強したいな」と思ったのは小学生の頃。
中学に入って、「大学では歴史をやろう」と思いました。この時点ですでに文系に進むことは決めてました。
大学に入って歴史を専攻し、自分なりに努力もしました。
そして、歴史にかかわる仕事をしたいと考え、それはそんなに生半可なものではないと、確信しています。
そして、そういう公募が出て、それを受験し、今の仕事をしています。

「収入があればそれで良い」というような道とは、かなり程遠い道を歩いてきました。
それは、自分のやりたいことに、こだわりを持っているからに他なりません。
そして、今の仕事の公募に合格した時は、「少しでも自分のやりたかったことに関わる仕事ができるんだ」と思いました。
そもそも、そういう公募でしたから。





今の仕事について、そろそろ1年が経とうとしている今日、課長にこうヘラヘラと言われました。
「○○君(私のこと)には、2・3年後には違う部署に移ってもらう」

「2・3年後」というのは、今関わっている、とある物が完成する頃という意味だと思います。
で、その後は、いわゆる「普通の事務職員として働かせる」、のだそうです。

・・・ハァ?



だったら、専門職の公募なんて初めから出すな。
詐欺だろ。
単に街の人口増やすだけのために、わざわざ来たわけじゃねぇっつーの、ボケが。
人をなめんのもええ加減にせーよ。




「やりたいこと」があるから努力したことも、「やりたいこと」があるから人生の中で色々寄り道をしたことも、「やりたいこと」があるから慣れない土地であっても受験を決意したことも、「やりたいこと」があるからその土地に骨をうずめる覚悟を決めたことも、何も一つも理解してくれてないんですね。
いい加減な公募を出し、一人の人生の進路まで変えさせて、挙句の果てにこれですから。


課長一人の妄想だったら、良いですが、これが私を採用した組織全体の総意であったなら、私は心の底からこの組織のことを軽蔑します。



私は人生の選択を間違えました。




例えると、そうですねー。「銀河鉄道999」の鉄郎みたいな感じですかね。機械の体をくれると思って、アンドロメダに向かったけども、実際は・・・みたいな。
少なくとも、目的地へ向かう「パス」を手に入れるという段階に関しては、「メーテルにもらった」というだけの鉄郎よりは、私のほうが努力したのではないかと思います。
そういう意味では、鉄郎よりさらに悲惨ですわな。

Bon courage!!

二つ南隣の市の、とあるレンタル屋さんまで、CDを返しに行ったついでに、すぐ帰るのもなんなので店内をブラブラしてたら、ふっと見つけてしまって借りちゃいました。

「王様のレストラン」のサントラ。。。

かなり前にも書きましたが、このドラマ、ホント好きなんですよね~。
ビデオは中古屋さんとかで前から探してたんですけど、あっても結構高いのです。
なぜかわかりませんが、サントラCDを借りるっていう考えは、このドラマについては今まですっかり抜けてました。


最近色々変なこと言われるにつけ、千石みたいな気の利いた切り替えしができればなーなんて思ったりして・・・(^^;)
「お客様は王様です。しかし、王様の中には首をはねられたものも大勢います」みたいな台詞をアドリブで言えればなー・・・なんてね(笑)

もともとアドリブ利く性格じゃないので、そんな小洒落たことは言えないですけど。
人間、無いものねだりをしてしまうものですね。

誰もボクのコトなど知らない

体調最悪で臨むことになった、とある泊りがけでの飲み会。
その前の日まで寝込んでて、普通だったらお休みしたいところだったんですが、諸事情で出ないわけにはいかなくて・・・。

体調悪いのは、自分も、そして周りもわかりきっていたので、セーブしていこうと思ってたんですが、結局ずるずる飲まされる羽目に。
また、これが、もうめちゃくちゃ・・・。
とある方は、こんな感じ。グラスにお酌しようとする。たとえグラスがほぼ満タンだったとしても、それを飲み干すことをほぼ強制。空になったグラスに並々と注ぐ。そして、ほぼ間を置かずにお酌しようとする。。。それをものすごいハイペースでリフレインしていきます。

大学のバカなサークルでも最近そんな飲み方しませんよ、ホント。

お酒は自分のペースで、おいしく飲むものです。無理やり飲まされても、ただの罰ゲームです。笑えないから、罰ゲームよりたち悪いですけど。



また、話題も凹むことばかり。
「君は(今のポジションにいるのは)恵まれている」とか言われたり・・・。そういう関係の仕事の募集があったから、それを受験して、採用されたわけで、それを「恵まれている」と言われても、答えようがありません。
「なんで(この土地に)来たんだ?」ということも、色々詮索されました。単に興味本位の質問であったなら、全くかまわないところなんですが、質問者の方の口調には、疑念や猜疑心がアリアリと・・・。


他にも、勝手に口論が始まったり、こちらの言ってることは聞いてくれないまま相手の言いっぱなしで会話(もはや「会話」とは言えないですけど)が続いていったり、色々信じられないことがあり、夜が更けていきました。


やっと眠りについたは良いものの、体調は悪くなる一方、明らかに飲みすぎということで、頭ガンガン、胸のムカつきは収まらなくて、四時頃起きて、トイレで嘔吐。

胃液やら何やらと同時に、涙がボロボロ出てきて、とまらない。
「オレはこんなところで何をしてるんだろう・・・」と、そう考えると悲しいというか、空しいというかで。


結局今日は一日中寝込んでました。
これから、やってけるのか、ますます不安です。



《今日の癒し》
ため息」、良いアルバムだと思います。今日みたいな気分の時に聴くと、少し楽になります。

♪牛丼一筋300年~

今日とある牛丼屋さんに、久々に行きました。
と言っても、その牛丼屋さんはウチからは車で40分ほどかけないと無いんですが・・・。

とにもかくにも、久々に言いましたよー、このせりふ。。。「並、つゆだくで・・・」。
ちなみに、今の時期は時間帯によっては「並」と言っても、牛さんなのか豚さんなのかどっちか言わないといけないようですね。
夜だったということと、最初からアメリカ生まれの牛さんを食べる気が1ミリもなかったので、豚さんを期待して「並」と言いましたけど。

で、豚丼が出てきたは良いんですが。。。

「ねぎぬき」と言った覚えは無いのに、ねぎが見当たらない。かといって全く無いわけではなく、2・3切れがちらほらと。
「つゆだく」って言ったのに、ほぼカラカラ。
あと、ゴボウっていつの間にやら入れなくなったんですね。



・・・っもう・・・、こういうの、食べる前にテンション下がりまくりですな。ちゃんと言ったとおりにやってくださいってば。
確かに、やたらめったら呪文みたく「つゆだく」っていう輩がいるのはわかりますけどねー。

というわけで、この大手牛丼屋さんの数ある支店の中でも、多分最低ランクに私の中では位置づけられました。ご愁傷様。。。
もし、今度何かまかり間違って行くことがあったら、「ねぎだく、つゆだくだくで」と注文することにいたしましょう。


にしても、フランチャイズなので、作り方とか決まってるはずなんですけど、支店ごとによって結構違うものです、ホント。注文内容をしっかり守ってくれる支店だと、好感持てるものです。


ま、今住んでる県は、同じ牛丼屋さんでも、違うチェーン店さんのほうが多かったりするので、そっちに行けって事ですかね。
でも、多分違うほうに行ったら、親子丼頼んじゃうな(^^;)

それでも僕は…

「それでも僕はやってない」を観てきました。

監督曰く「日本の刑事裁判はおかしいことだらけ」であるということをありのままに描いた作品になっているかと思います。

想像通りの内容で、想像通りの満足度でした。

この映画については、それで良いのだと思います。

この映画は、「法廷物」ではありません。「裁判物」だからです。
サスペンスみたいなのとは、まったく毛色が違いますし、ドキュメンタリーでもありません。
映画ですから、架空の話ではあるのですが、その中でもリアリティーをすごく重視したのだと思います。ディティールとかだけではなく、ストーリーそのものについても。

「現実」というものを、2時間ちょいにまとめたものという感じでしょうか。


私個人の感覚になりますが、この映画で描かれている「痴漢冤罪」は、男性にとって対岸の火事ではありません。
私も、高校在学中の3年間を、満員電車で通学していましたが、非常に苦痛でした。単に満員で窮屈だからと言うのではなく、妙な言いがかりをつけられないかと言う気苦労で。
つり革があれば、それを両手で持つ。なければリュックから両手を離さない。持つものが無ければ、、、小さく万歳するしかないですね、冗談じゃなく。

なんかそれって変だなーと思いつつ、毎日通ってました。

たしかに、痴漢をする犯罪者がたくさんいるのも確かです。それは許されるものではありません。というか、痴漢行為に対する罰則が、あまりに軽すぎると思います。もっともっと厳罰に処すべきでしょう。

しかし、冤罪に問われる人がそれなりにいるのも確かです。
そして、無実を立証するのがひどく難しいのが、今の裁判なのでしょう。

で、また、変な裁判官がいるのもまた事実でしょう。
変な警察官がいるのは、言わずもがなですが…。

ヘルプアイコン機能について、特許を侵害しているとして、ジャストシステムに「『一太郎』製造・販売の中止と製品の廃棄」を命じた、東京地裁判決なんてのが記憶に新しいところです。あくまで私の個人的な感覚としては、こういう判決をお出しになる判事の感覚は、理解できません。
もし自分が何かに巻き込まれて、裁かれる立場になった時、こんな人には裁かれたくないなと思います。



《今日の苦言》
あのー、あまり言いたくは無いんですけどね。
コメント欄にあります、「株式会社ミニミニ城南 旗の台店」さん。
数日前に書き込まれたようですけどね。
多分こういうの、機械的に色々ばら撒かれてるのでしょうが、率直に申しまして、非常に不愉快です。すくなくとも私は、何か引越しとかある場合でも「ミニミニ」様のご厄介には、死んでもなるまいと思いました。
ま、ここにこんなこと書いても、見られることは無いんでしょうが・・・。





「代打の切り札」たちへ捧げるバラード

昨日、バース日記を読んだことに関連して、少し思うこと。

「代打の切り札」という存在についてです。

代打要員だからといって、誰もがそう呼ばれるわけではありません。
それなりに、そう呼ばれる理由が存在します。

私が阪神タイガースという球団を常々応援してきた中で、思い浮かぶ三人の選手がいます。

川藤幸三、真弓明信、八木裕の三選手です。

彼らはその成績や、代打専門になった経緯など、まるで違います。

川藤は、アキレス腱断裂を機に、代打へ転向しました。
真弓は元々85年の優勝の立役者の一人で、バリバリのスター選手でしたが、年齢とともにスタメン出場の機会は減っていきました。
八木は他選手との競合・怪我などで、スタメンから外れた選手でした。


川藤は、数字こそ一流ではありませんが、常にタイガースを愛し、常にベンチを盛り上げ、「チーム一丸」の核となりました。
真弓は、打って走って守れるという揺ぎ無い実績を背に、すばらしい勝負強さを見せてくれました。
八木は、まさに「代打の神様」という称号にふさわしい集中力を持っていました。


それぞれ色々選手としての性格も実力も成績もまったく違う中で、ひとつ共通するのは、打つ手がなくなった時、「ココ」と言う時に、頼れる存在であったということです。
「この選手が出て、あかんかったらしゃぁないな」という風に、ファンを納得させる選手だったということです。


「切り札」たる所以は、そこなのでしょう。

ファンが、彼らの打席を見て、納得する理由。
それは、彼らが「たまたま代打に起用された一選手」ではないからです。

代打が起用されるのは大抵試合が大詰めを迎えようとする瞬間です。
ゲームを左右する局面だったり、ゲームが終わろうとする絶体絶命の時。
その時、代打で起用される彼らは、その日その時のチームを背負って、打席へと送り出されるわけです。

「代打の切り札」とは、チームの選手たち、監督・コーチ、そして、声を出し続けるファンの期待や願いを、一身に背負うに足る存在でなければならないと思います。
彼らにこそ「ミスタータイガース」という称号はふさわしいのかもしれません。

神様、仏様、バース様

県庁所在地に行く用事があり、帰りにとある中古本屋で、『バースの日記』(集英社、1990)という本を買ってみました。
バースと言うのは、日本プロ野球史上最強の助っ人であるランディ・バースです。

バースが解雇になった時、世の大半の阪神ファンは、「球団はアホじゃっっ!!!」と思ったと考えられますが、難病を抱えるザクリー君の闘病生活を支えつつ、野球を続け、そして球団に裏切られると言う悲しい結末に至るまでのアレコレが垣間見えて興味深く、あっさり読了。

家族のために色々動かざるを得ない中、西武の某代表(当時の)に「トラブルメーカー」呼ばわりされて、なおかつ「(バースのような選手とは)どの球団も契約すべきでない」なんちゅうこと言われたら、そりゃ怒りたくなりますわな。




ちなみに、日記すべてを通して、強烈に印象に残るのは、村山が監督としていかにヘボかったかという話だったりします。
故村山実は、選手としては誰もが認める偉大な選手です。生涯防御率2.09というひとつの数字を取ってみても、それは一目瞭然です。

ただ、よく言われることですが、「名選手=名監督」ではないんでしょうね。やはりまったく別物と考えたほうが、良いのでしょうね。



大臣と呼ばないで

最近、巷では「産む機械」発言をした、某厚労相に注目が集まっているようですね。

色々批判が集まっている中で、私が言うのもなんですが、まー、ダメでしょう、この人。

多分、普段からそう思ってるから、ポロッと出るんでしょうね、こういう発言。
人として「最低」であることは、ほぼ間違いのかなーと思います。


それをまず、揺ぎ無い大前提として。。。
他にも思ったことがちらほらと。以下は個人的な雑感です。

こういう発言をする人は、「ホントに頭が悪いなー」と思ってしまいます。
まず、かの発言を聞いて、女性は当然憤ってしかるべきですし、男性も同じように憤る人もいるでしょう。
中には男性の中には、まるで他人事みたく思っている人もいるかも知れません。私には理解できませんが。

では、ここはわかりやすく、女性のみに反感を与え、反感を持った女性が「この人は許すべきではない」と考えたと仮定してみましょう。

国会議員は選挙によって選出されます。
そして、有権者のほぼ半数が女性です。
つまり、某大臣は、有権者の票の半数を失ったことになります。

某大臣の選挙区の方々が、妥当な判断をすることができる人たちであれば、某大臣の再選はなくなるはずです。

こうしたことは、容易に想像できることなのですが、発言の主である某大臣には無理だったようです。
ここで問題なのは、そういうことも想像できないような人が、大臣という要職にあったということです。
大臣としての、国会議員としての資質には、少なくとも値しない「素材」であると言えます。


そう考えると、今更必死こいて謝って、「辞職しない」という態度を貫こうとしていることは、ナンセンス極まりないということになります。
大臣というものを、それこそ国政運営の「機械」として捉えた時(つまり、その思想は捨象されると考えると)、そもそもの「機能」や「能力」に問題があるわけですから、廃棄される免職させられるのは当然です。


最初にも言いましたが、某大臣が人として終わっているのは自明です。
その事を、あえて無視したとしても、この某大臣が現職にとどまることは、ありえないことなのだと思います。


こんな馬鹿に国政を担ってもらって、「大丈夫♪」と思えるほど、私は楽天家ではありません。



プロフィール

たっくんちゃん

Author:たっくんちゃん
冬は雪がドバーッっと降り、夏は盆地なので暑いというところに居住しております。
なにはともあれ、ガソリンの価格低下を、日々願う今日この頃です。

最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索
RSSフィード
リンク
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。