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あらびあんないと

ドバイワールドカップデーということで、今日は夜更かし。




メインのレースでは、日本期待のヴァーミリアンが出走しましたが、残念な結果に終わりました。
向こう正面で、途中ちょっと他馬と接触する場面があり、それからズルズルと下がっていったような感じで、何も故障などがなければよいのですが・・・。

馬体の出来自体はよく見えただけに、もう少しスムーズな競馬ができれば良かったのになと思います。



ヴァーミリアンの父は、エルコンドルパサー。
父の海外挑戦も、生で観てました。
テレビの前で、めちゃめちゃ興奮し、そして、めちゃめちゃ残念な思いになったのを今でも覚えています。

ロンシャンから、今回はナドアルシバへと舞台が変わりましたが、父の果たせなかった勝利を、ヴァーミリアンには何とかかなえてほしかったところもありますが、こればっかりは仕方ありません。



それにしても、勝ったカーリンという馬は、あきれるくらいに強かったですね。
特に、抜け出すときの脚。
前を行く馬をまとめてかわす時の脚は、鳥肌ものでした。
いわゆる「好位差し」の教科書みたいなレースで、横綱相撲でした。外目の枠も良かったんでしょうね、不利をもらわないという意味では。




あと、ワールドカップの一つ前のGⅠ「ドバイシーマクラシック」では、フジキセキ産駒が勝利しました。
これは、結構「おーーーーーーっっっ!!!!」となりました。
日本の種牡馬の産駒が世界の競馬を勝つとは、ちょっとうれしいですね。

あと、デューティーフリーでも、ウォッカがなかなかの根性を見せてくれたし、なかなか見ごたえがありました。


夜更かしして、今日は良かったなと思いました。
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あにばーさりー

抱えていた原稿の「ゼロ稿」が、今日ようやくあがりました。
400字詰め原稿用紙にして、140枚弱といったとこです。。。

ただしこの枚数、予定枚数の約15%増しな原稿になってしまいました。
しかも、図表抜きで・・・○| ̄|_
図表をいれると、更にボリュームアップしてしまうということで、なかなか悩ましいところです。



ということで、これからドンドン削って、スリムにしていく作業が待ち構えていることになります。
ともあれ、一応「なにもできなかった」というのは免れたわけで、少しホッとしました。




というか、同時進行で取りかかっていた原稿も、ゼロ稿のまんまです。
これからなんとか「初稿」と呼べるものに仕上げないと・・・(-_-;)
今年度も、あと三日ですから、やれることはなかなか限られていますが、やれるところまではがんばらナイト。。。




《今日の、ではなく、昨日の偏食》
飲み会の席で、「ここにいて、納豆食わないのはダメだ」とか何とか言われたりして・・・(T_T)
私の嫌いな食べ物は、ゲテモノを除くと正直納豆くらいしかないんですが、納豆を食べられないことはそんなに罪悪なのですかね?
結構、「クセの強い食品」の部類に入ると思うぞ、納豆って。

よく、たちの悪い酔っ払いで、下戸の方に対して「酒飲めないのは人生の半分損してる」とか言い腐る方いますが、そういうのって、はっきり言って「余計なお世話」以外の何者でもないですよね。

「酒」の部分を「納豆」に置き換えたようなことを言われることがよくあるのですが、意味が分かりません。
私からは、納豆食べる人を否定したりする気はさらさらありません。安いし、栄養あるし、うらやましいなーと思うくらいです。
なので、納豆を強力プッシュするのは、勘弁してもらいたいものです。。。

「恵まれない環境の職場でがんばっている」ことは、善か?

今日の考え事。

ひょんなことでお会いした、ある方との話の中で、「君は恵まれている」と言うような話が出ました。



「またかよ・・・」みたいな感じで、かなり食傷気味なのですが、その方曰く、「今はそんなことがまかり通る世の中ではない。」とか、「研究で食ってくみたいなのは無理だ」とか、「学芸員みたいなのも募集が無い(だからそんなもん目指してもダメだ)」とか、「もっと現実を見なきゃダメだ」とか・・・。


発言の主は、既に職場をリタイアされた方なので、いわば「人生の先輩」にあたるわけですが、だからこそ「その現実を作ったのは、あんたみたいなやつやろ」と言いたくなります。



そもそも、「サービス残業あたりまえ」みたいなのを、既に仕事をリタイアされた方が叫ばれるのって、いかがなものなんでしょうか。何か大きく間違っている気がします。
わたしゃ、休み潰しても調査に回ってるんですが、それでも「恵まれてる」んですかね?断じて、職務でやってるんですけど。






昨今、社会人の大学院生は増える傾向にあるのだと思います。まやかしの「生涯学習」の名の下に。
すべてがダメだとは言いませんが、「うーん」と思う人も多いのは否めないのではないでしょうか。


例えば、今日お会いした方なんかは、「研究で食ってくのは無理(だから、今の若い院生は現実をわかっていない)」みたいな考えが相当おありなようで、ある種のコンプレックスから発せられる発言でもあるのでしょうが、もひとつ重要なのは、この方の頭の中では、研究というものが、ただの道楽でしかないことを、自ら自白していることだと思います。
要するに、それくらいにしか考えてないわけです。




こういうの、苦手、というか、正直「バっカじゃねーの」と思います。



私自身は、そんなに努力したわけでもないので、あまり偉そうなことは言えませんが、多くの若手の院生は、先の見えないトンネルの中で、焦燥感に駆られながら、相当な不安の中で研究を進めています。



人生を賭けて。。。



修士過程にあがるという選択をする時、博士過程にあがるという選択をする時、それぞれ人生の岐路に立って、色々悩んでそれでも研究を続けるという選択を取るのは、そんなに生半可な決断ではないでしょう。
それについて、道楽気分で「研究」やってる、生活になんら苦の無いオッサンに、「現実を見ろ」と言われる筋合いは、全くありません。





申し訳ないですが、非常にムカムカします。
現実を偉そうに人に説く前に、そうならないような努力を自分が今まで果たしてちゃんとしていたのかを、自らに問うてもらいたいものです。



ま、無理だと思いますけど。

悲しいけど、これって戦争なのよね

とある方のオススメで、「コーカサスの虜」を観ました。
ロシア映画を観るのは、恥ずかしながら実は初めてで、クレジットがロシア語だったりするのも(当然なんですけど)、結構新鮮だったりしました。

ちなみに、「ロシア映画を観てない」ということは、「階段落ち」の元祖も観てないということになるわけで、ダメだなーと自省するところです。ま、「アンタッチャブル」は観た事あるから許してくだされ、水野閣下。



「コーカサスの虜」は、チェチェン紛争をその舞台としています。但し、元々の原作はトルストイなんだとか。原作がどれくらい映画に反映されているのか、もし原作を読んだ方がいるなら、教えてプリーズです。
さすがに、原作にはサッチモは出てこないですよね(笑)。
ロシア人もサッチモの曲でノリノリに踊るのねーんというのは、ちょっとツボだったりしますな。


内容自体は、ド派手な演出も無く、ド派手な展開もない。「リアリスティックな映画だなー」という印象を持ちました。なんというか、映画のリズムみたいなのが、「イタリアンネオリアリズモ」の流れを汲んだ映画と似てる感じがしました。
でも、それが非常に重い現実を捉え、そしてしっかりと伝えるのに、大きな力を発揮している。そんな気がしました。だからこそ、心に残るのかもしれません。


詳しい中身については触れないですが、この映画の主眼は、「戦争と、その中で生きる人って、いったいどんなもんなんだ?」ということだと思います。
『映画でボクが勉強したこと』という本の中で、清水義範が「2001年宇宙の旅」をして、「あの退屈さが宇宙旅行のリアリティーそのものではないか。」と評していますが、まさにそんな感じ。
あ、一応、清水氏の名誉のために言っておきますが、テーマをわかった上での発言でござーますよ、念のため。




私自身、いわゆる近代の「戦争物」の映画の中で、一番評価しているのが、スタンリー・キューブリックの「フルメタルジャケット」なんですが、これも「戦争のリアリティ」を重視して作られた作品かと思います。




結局、そうなんです。
戦争という状況下でも、人は人だし、色々なことを考え、動く。人が完全な「戦争マシン」になるわけでもないけど、「『敵』を殲滅する」という、なんとなく、でも厳然たる目標はあって、状況の変化によって人が行動する。
人間同士の心の交流とか触れ合いみたいなのも、もちろん生まれることはあっても、それらがいとも簡単に、暴力的に奪われてしまう。
それが現実で、それがとてつもなく悲しいこともあり、そして、あきらめのような気持ちを引き起こすわけです。



あくまで個人的にはですが、例えば「プラトーン」みたいな映画は、嫌いです。分かりやすいんでしょうけど。…と言いつつ、サントラは持ってたりするんですが。。。
かなり前に井筒和幸が、「『プラトーン』みたいに、ええもん、わるもんにハッキリ分かれてるとか、あんなもん嘘じゃ!」と深夜ラジオで言ってのを記憶しています。言い方は若干乱暴ですが、蓋し正鵠を射た発言ではないかと思います。




とにもかくにも、「良い映画」を観ることができて、ホントに良かった☆
教えてくれた方には、ホントに心から感謝です。

「嫌われ」者の、気持ち

なんというか、ついつい観たくなって、『嫌われ松子の一生』を観ました。


初見ではないのですが、初見よりも泣いてしまった気がします。





いきなり違う映画の話に飛んでしまうのですが、その昔、寅さんシリーズに変わって山田洋二が撮って、多分コケた部類に入るでろう『虹をつかむ男』という映画がありました。
まー、中身については、正直言及はしたくないのですが、この映画の中で非常に的を射た発言がなされていました。
私が愛聴していたラジオでも指摘されていましたが、「その人にとって、一番心に残る映画」というのは、「その日その時、映画を観たその人にとって、身につまされるような映画だ。」という内容です。

これは実に的を射ていると、私は思います。



例えば、「愛と青春の旅立ち」とか、今の若者が観ても、正直「ふーん」みたいな映画だと思います。出来もそんな良くないですし。
観る人が、その時どんな状況にいたかが、映画の印象度を大きく左右するのだと思います。




『嫌われ松子の一生』は、今の私には、響いてくるところが大きかったと思います。




もちろん、映画としてのクオリティもすばらしいことは言わずもがなですが。
監督は、『下妻物語』を撮った方ですよね。『下妻物語』と、画面の感じはめちゃめちゃ似てます。デジタルな極彩色という感じで。
ちなみに、『下妻物語』も、非常に面白い映画でした。





この映画の主人公「松子」は、「待つ子」です。
人の中には、「生きる」ということについて、色々なモチベーションの持ち方があるのだと思います。
少なくとも、松子にとっては、「自分でない、誰かのために生きる」ことが、自らの生きる力になっていたのでしょう。



…でも、それは、思われる相手にとって、幸せなわけでは決してないということなのでしょう。
松子は、それでも、「誰か」のために生きるわけです。
「誰か」のために…。
でも、その思いは、報われるわけでは決してなくて、ともすれば「迷惑」になってしまう。
「生れてすいません」と、言いたくなる気持ちになってしまう。





生き方としては、極めて賢くないんでしょうね。自分のために生きたほうが、良いかもしれません。
世間では、こういうのを「バカ」というのかもしれません。



でも、簡単にバカにできないのも事実です。
それが、生きていく力になることがあるからです。




何かのために生きること。それはすごくバカにできないし、そんなにいい加減なものではないと、信じます。




今の職場では、自分の出身地を思う気持ちすら、安直に、強引に、有無を言わさず、否応無く否定されます。
そういう状況を考えても、本当に「身につまされる」映画です。

終わらない歌を歌おう

珍しく、朝方にブログ書いてます。
と言っても、今日は仕事終わりに書いてるような感覚で書いております。


職場の飲み会で泊まりだったもので、今帰ってきたとこなのです。

温泉に泊まりに行ったはずなのに、今回も風呂に入れず。。。職場の泊まりだと毎度そんな感じですね。

疲れるだけ。やな思いをするだけ。腹が立つだけ。そんな飲み会です。
今回もなぜか因縁つけられるし、「募集の条件と話が違うんですけど・・・」みたいな話はでるし、喧嘩ごしでわけわかんないこと言ってくるバカがいるし、ホントにくだらない。



こんなのに、なんで安くないお金を支払わなければいけないんでしょうね。
つーか、だいたい、今時泊まりで職場の旅行とかって、ありえないと思うんですけど、マジで。





今かかりきりになってる仕事の手伝いを周りの方にしてくれとは言いませんが、無駄にこちらのモチベーションを下げるようなことくらいは、しないでいただきたいものです。しかし、それすら叶わないのが現状ということのようです。




やりきれないなー。

Google No.1 ヒット!

すごい偶然で、「炭鉱物」とうって、ググってみました。。。


・・・私のブログが、なんと1位に出てくるではないですか!!!
152ヒット中の1位です。価値があるんだか、ないんだか。
「炭鉱物」という言葉自体が、152もヒットすることにまず驚き、どこか自分の手から離れていく気がする、気がしないでもない。。。

とゆーわけで、今日は、記念すべき「ナンバー1ヒット」の記念に、映画の話。今日は、というか、今日もですね。


もちろん、「炭鉱物」からの一本。
「遠い空の向こうに」です。


正直、邦題はパッとしませんが、かなり良い映画です。
原題は、「October Sky」。原作は「Rocket Boys」。
映画の原題は、原作のアナグラムになっています。


にしても、これが良い映画なのですよ~。
原作の題名からして、ロケットがらみの映画なのですが、自作ロケットを飛ばすことに情熱を傾ける、「アホ」な青年たちの話だったりします。

これが、親子の熱い話だったりするわけです。
ガキん時の、「アホ」みたいな情熱って、何かしら誰もが持ってたものだと思うのですが、それは実は馬鹿にできない力を持ってたりします。もちろん「大人」的にはただのバカに見えてしまったりするわけですが。
「アホ」な子供を見つめる肉親の眼差し。コレこそ、この映画の焦点です。




自分は自分なりに、生きていくための道筋をつけてやってきたという自負のある父親。
だからこそ、自分の子供のやることが、理解できない。
我が子だからこそ、応援してやりたいし、我が子だからこそ許せない。

そんな父親を、クリスクーパーが好演しています。



炭鉱へ降りていくクリスクーパーの目が、超かっこいい。




…「アメリカンビューティー」で、ゲイのおっさんやってたことを忘れさせる名演ですね。



とにもかくにも、ジェネレーションギャップがありすぎて、価値観を共有することが難しいことが往々にしてあるのが親子なのだと思います。
しかし、それなりに愛情をかけたり、受けたりした親子の間には、子から親へのリスペクトが、必ず存在するものだと、私は信じます。
価値観の相違があったとしても、無償の愛情と、それに感謝しリスペクトする心があれば、お互いを理解しあえるものだと、思います。

「遠い空の向こうに」は、そんなことを考えさせてくる映画だと思います。

Magnetic Rose

またまた、ブログの更新が滞っておりました。。。

やっぱり人間というのは、簡単には立ち直れないもので、目に見えない傷が癒えるのを待つのは、なかなかしんどいなーといったところです。



気分転換をしよう。
という意味で、昔の映画を観てみたということで、「メモリーズ」を久々に。

これ、公開されたのって、私が高校生の時です。いやー、今は昔になりにけりといったとこですね。

当時、「攻殻機動隊」とならんで、「ジャパニメーション」の旗手たる作品です。ま、「ジャパニメーション」という言葉自体古いですが・・・。総監督は大友克洋。


アニメ業界に特に詳しくないので、よく分からないところもあるのですが、当時としては、何か一つのムーブメントみたいな雰囲気があったような気がします。


内容は、「彼女の想いで」「最臭兵器」「大砲の街」のオムニバス形式。
それにしても、これはなかなかにして良くできた作品だと思います。私が言うのもおこがましいですが。といっても、「最臭兵器」は、あまり好きじゃない、というか、嫌いですが・・・。




「彼女の想いで」がやはりこの作品のメインになってるので、その話をば。

なんて言うんですかね、この作品の魅力は。「ゾクゾク感」といったら良いのでしょうか。

たとえば、人のいなくなった学校とか、病院とか、ホテルとかって、めちゃめちゃ怖いですよね?
そういう感覚を、かなり意識して作った作品なのかなと思います。
他の映画で言うと、「シャイニング」みたいな感覚ですかね。

私個人的に「シャイニング」で一番怖かったシーンが、「All Work and No play Makes Jack A Dull Boy」という文章がひたすら書かれた原稿が映るシーンだったりします。そういうゾクゾク感、って言ってもわかりにくいっすかね・・・。




あと、台詞がいちいちかっこいいというのも、単純に良いところです。
一番好きなのは、破壊されるポッドを見る艦長のイワノフの台詞。「ポッドを食ってやがる・・・。・・とんだ美食家だぜ・・・」
かっこいいなぁー。

というわけで、短いし、楽しめる作品だす。
あと、エバの彼氏さんの名前が「カルロ=ランバルディ」という設定なのは、ちょっとツボだったりします。。。
「REX」の着ぐるみ担当、もとい、特殊メイク担当の方の名と同じですな。
プロフィール

たっくんちゃん

Author:たっくんちゃん
冬は雪がドバーッっと降り、夏は盆地なので暑いというところに居住しております。
なにはともあれ、ガソリンの価格低下を、日々願う今日この頃です。

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