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「文化財を守る」ことは平時のお題目か

不況なご時世です。
ついこないだまで、某大手車屋さんが「史上最高の黒字を計上」なんて言ってたわりに、あっという間にこのザマです。
結局、こないだまで黒字を出せたのは、派遣に代表される「都合のいい」働き手を、都合良く利用するだけ利用して、ポイ捨てしてきたからなんでしょうね。






ひどい話です。






大企業は、こういう時には首切りしかしない。
市町村は、緊急雇用をおこなうけれど、それは全く評価されない。
なんだかねー。









でもって、こういう不況になると、真っ先にカットの対象になるのが、文化的な事業だったりします。
カットまでいかなくとも、白眼視され、「こんな時期に、そんなことやって、気楽でええのぅw」というふうに見られがちです。







中には、文化財にかかわる仕事を、「道楽」呼ばわりする者も少なくありません。








そこらの人ならまだしも、資料を守り保存する施設の長として、組織の中で位置付けられている方が、そういう考えしか持っていないのは、極めて問題であるといえます。










健康で文化的な生活を送る権利を有する我々にとって、歴史的な遺産を守り伝えることは、重要な責務であり、今を生きるための道標を残すことなのだと思います。







専守防衛」ではないですが、歴史は、まさに現代に生きる我々の「灯台」であり、これを安直な理由で軽んずるような愚かな言動は、するべきではないし、賢明とは言えません。


特に、公的な権力を持つ組織の中で、それなりのお立場にいらっしゃる方なら尚更なのは言うまでもありません。





「民度」というのはあまり言いたくはないですが、自ら文化的な生活を放棄するようなことを、それなりのお立場な方が進んで容認されるのを頻繁に拝見すると、やはり民度というのがあるのだなということを認めざるを得ないのかなと思います。
そんなことはないと、信じていたんですけどね…。











《昨日のアカデミー賞》




「おくりびと」が外国語映画賞だとか。

つくづく、私の映画の観方はメインストリームではないのだなと気付かされます。
だって、「おくりびと」そこまでいい映画とは、やっぱり思えないもの。


こないだ観た「チェンジリング」は、なかなか良かったです。
いかにもハリウッドっぽいですけどね。
アンジェリーナジョリーは、いい役者さんだと思いました。
プロだなと思います。

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罪と罰

不祥事が起きた時。
その時の対応やとられる判断は、まさに組織力、そしてその組織の中の人間力が問われるのだと思います。







身内に必要以上に甘い処分しか行わない、そしてそれが、つまるところ当事者周辺の単なる責任逃れを目的としたものでしかないものである場合、前述の「組織力」は計るべくもないくらい、低レベルなものであると言わざるを得ません。








或る地元人が言いました。

「(ありのままを公表したら、違法行為を犯した当事者が)ここに住めなくなってしまう。(だから、詳細を隠せ)」と。




これはなんですか?

「地元愛」もいいですが、論点がまずねじれの位置にあり、また明らかに度を過ぎてます。



発言の主は、外から移り住んだ者に対しても、件の発言をするのでしょうか?
間違いなくしないでしょうね。




結局はそういうことなんです。





必要以上に身内に甘過ぎる体質を、マジで「正しいあり方だべ」と盲信している輩が、その地域のマジョリティになってしまう場所があるというのが現実です。








それが「あったかい田舎」なんですか?
「人情味あるふるさと」なんですか?



情報を隠し、「地元出身」という理由のみで過保護にし、そしてそれは単に火の粉をふり払う目的でしかない。



現実はそうなんです。




「許し」は、その人の罪が詳らかになってから、初めて為されるものです。

それが為されないまま、グダグダな「許し」が為されるのは、単なる「不正」でしかないのです。








それでも「ふるさとイデオロギー」は全開なまま、変わりはしないんでしょうね。





もうあきらめてますけど、そんな糞みたいな「ふるさとマンセー」思想が続いているかぎりは、人は出ていく一方なのだと思いますし、私が言わなくても、現実そうなってるところです。






いい加減気付けよ。

撲殺!!!

身近な世界で、洒落にならんことが起きてたようで、そのとばっちりを早速受けつつ、現実逃避の意味もこめて、「少年メリケンサック」を観てきました。

クドカンの監督・脚本です。



率直に言うと、笑えました。だから良し!そんな感じです。

面白かったです。話の筋とかは、どーでもいい感じなんですが(でもって、そんなに凝った話でもないんですが)、とりあえずツボにはまったとこもあり、宮崎あおいはごっつかわいいし、会員価格1200円の価値は十分ありゃーした。





なにはともあれ、宮崎あおいは良い役者さんですね、ほんと。



マジで癒されました。


にしても、現実世界に戻るとなぁ…。






やっぱり、今の職場の方の中には、感覚がずれて、ずれすぎて、一線を越えて、それでも自覚を持てない、そんな人がいるのだなと思います。


現在進行中のことは氷山の一角でしかない。


田舎の方は、「郷に入れば郷に従え」的なことを無理強いする傾向がありますが、良い意味でアンタッチャブルな存在で居続けることも、やはり必要なのだと改めて思わされます。

「28」と「39」

二つの「チェ」を観てきました。


監督はスティーブン・ソダバーグ。
チェ・ゲバラを演じるのは「ユージュアルサスペクツ」のベニチオ・デル・トロ。



ベニチオ・デル・トロがすごく魅力的な役者さんなので、1月に「28歳の革命」を観る前から、内容にかかわらず、「39歳別れの手紙」も、劇場で観るつもりでいました。

で、今日「39歳」の方を観賞。。。



…うーん、どうなんでしょうかね、これ…。
駄作ではありません。間違いなく。

これで良いのかもしれません。チェ・ゲバラの「伝記」ですから。

過剰な演出がないのも、嫌いではないんですが…。


…眠たく、なるんですよね、これが。

実際に寝はしなかったのですが、上映中あくびが出て仕方なかったりしました。


映画館のチラシには、「一大感動巨編」とかかれてるんですが、どこで感動するのかしらん???


この映画(「28」「39」どちらも)の大半は山中に籠っているゲリラ部隊の姿が描かれています。村人から食料を調達したり、新しく戦力になる兵員を迎えたり、たまに空爆されたり、たまに応戦したりするわけです。

そんな毎日。
そんな映画です。




先の映画館のチラシには、「28」の時には、「ゲバラはなぜ革命家となったのか?」といったことが書かれていました。
しかし、それについての説得力のある描写は特にありませんでした。

そして、「39」では、「キューバ革命後、なぜ家族をおいて新たな革命へ乗り出していったのか?」といったことが書かれていました。

しかし、これについても同様な感じでした。



たしかに、過剰に「英雄」として描く必要はありませんが、一人の人間が、ある運動に自分の人生をかけて取り組むのには、エポックメイキングなできごとや、それなりのエモーショナルな事件、心の葛藤や揺れがあるはずだと思います。

それくらいは、描いていいのでは…と思います。


そういう説得力のないぶん、事実(なんだろうとされること)を淡泊に描くことに終始する退屈な映画になったんだろうと思います。

「退屈」を目指したかどうかはともかく、「事実を淡泊に描く」ことは監督の意図しているところではあるんでしょうが、エンドロール大半無音というのは、やっぱりいかがなものかと思います。
プロフィール

たっくんちゃん

Author:たっくんちゃん
冬は雪がドバーッっと降り、夏は盆地なので暑いというところに居住しております。
なにはともあれ、ガソリンの価格低下を、日々願う今日この頃です。

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