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「嫌われ」者の、気持ち

なんというか、ついつい観たくなって、『嫌われ松子の一生』を観ました。


初見ではないのですが、初見よりも泣いてしまった気がします。





いきなり違う映画の話に飛んでしまうのですが、その昔、寅さんシリーズに変わって山田洋二が撮って、多分コケた部類に入るでろう『虹をつかむ男』という映画がありました。
まー、中身については、正直言及はしたくないのですが、この映画の中で非常に的を射た発言がなされていました。
私が愛聴していたラジオでも指摘されていましたが、「その人にとって、一番心に残る映画」というのは、「その日その時、映画を観たその人にとって、身につまされるような映画だ。」という内容です。

これは実に的を射ていると、私は思います。



例えば、「愛と青春の旅立ち」とか、今の若者が観ても、正直「ふーん」みたいな映画だと思います。出来もそんな良くないですし。
観る人が、その時どんな状況にいたかが、映画の印象度を大きく左右するのだと思います。




『嫌われ松子の一生』は、今の私には、響いてくるところが大きかったと思います。




もちろん、映画としてのクオリティもすばらしいことは言わずもがなですが。
監督は、『下妻物語』を撮った方ですよね。『下妻物語』と、画面の感じはめちゃめちゃ似てます。デジタルな極彩色という感じで。
ちなみに、『下妻物語』も、非常に面白い映画でした。





この映画の主人公「松子」は、「待つ子」です。
人の中には、「生きる」ということについて、色々なモチベーションの持ち方があるのだと思います。
少なくとも、松子にとっては、「自分でない、誰かのために生きる」ことが、自らの生きる力になっていたのでしょう。



…でも、それは、思われる相手にとって、幸せなわけでは決してないということなのでしょう。
松子は、それでも、「誰か」のために生きるわけです。
「誰か」のために…。
でも、その思いは、報われるわけでは決してなくて、ともすれば「迷惑」になってしまう。
「生れてすいません」と、言いたくなる気持ちになってしまう。





生き方としては、極めて賢くないんでしょうね。自分のために生きたほうが、良いかもしれません。
世間では、こういうのを「バカ」というのかもしれません。



でも、簡単にバカにできないのも事実です。
それが、生きていく力になることがあるからです。




何かのために生きること。それはすごくバカにできないし、そんなにいい加減なものではないと、信じます。




今の職場では、自分の出身地を思う気持ちすら、安直に、強引に、有無を言わさず、否応無く否定されます。
そういう状況を考えても、本当に「身につまされる」映画です。
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冬は雪がドバーッっと降り、夏は盆地なので暑いというところに居住しております。
なにはともあれ、ガソリンの価格低下を、日々願う今日この頃です。

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